「今年の春は、日本を訪れる外国人客が激増し、アメリカからは”キャロニア世界一周観光団”の来日が報ぜられるとともに、一方、大阪で開かれる国際見本市には、世界各国からバイヤーたちが訪れるという話です。

しかし、たった500人あまりのキャロニア観光団ですら、これを迎えるホテルはもちろん、外国人専用の遊覧バスが、日本にわずか2台しかないという状態です。この一事をみても分かるように、日本は、観光に対する研究、特に外国人客を迎えるための研究はまことに低調だといえます。

しかし私はホテルや道路の不備を嘆く前に、観光に対する考え方や認識の不足を大いに嘆きたいのです。日本においては、観光は決して単なる見世物商売ではなく、それは、持てる者が持たざる者に与えるという崇高な博愛精神にもとづくべきものだと思います。

その持てるものというのは、日本の景観の美であり、自然の美しさです。フジヤマだけが日本の景観ではありません。山、谷、川、海、これが皆、美景で、日本に来る外国人客は例外なくその美しさをたたえています。自然の美しさでは、日本の地位は世界の1、2位ではあっても、決して、3位とは下るまいと思います。

こんな美しい景観の美を、日本人は今まで自国のみで独り占めしていたのです。考えてみればもったいない話で、石炭や石油ももちろん大事ですが、美しい景観もまた立派な資源だとすれば、むしろ日本の場合は、その重要さにおいていかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らないと言えるのではないでしょうか。

そのうえ、日本は東洋のはてにあります。しかし、日本が欧米から遠いことは、決してマイナスではなく、むしろプラスです。つまり、総じて遠くに魅力を感じるのが人間の心理だからです。この点、日本はおあつらえ向きです。

まして今日は飛行機の時代です。戦後、経済自立の道として、工業立国、農業立国あるいは貿易立国などとやかましく叫ばれて、多くの金も費やされました。

しかし私は観光立国こそ、わが国の重要施策として最も力を入れるべきものと思います。というのは、なんといっても観光立国によって生み出されてくる最大の利益は、日本が平和の国になるということにあるからです。

ですから観光立国は何も金もうけのためだけでやるのではありません。

持てるものを他に与えるという博愛の精神からも、また国土の平和のためという崇高な理念からも、堂々とこれを実行すべき唯一の立国方策なのです」。

昭和28年9月22日、大阪の朝日会館にて。

参照:「松下幸之助 夢を育てる 私の履歴書」(日本経済新聞出版社)